2011年10月22日
車と共に48年「わたしの自叙伝」の回想録 その35の後編
前編の続き・・・・・
そして、銀行周りが始まった。そこで各銀行には当座の処置として私共が代返する事の承諾と詳細を教えて欲しい!と要請し結果的に承諾を得た。
代返を始めてから数日後、某会社から電話があり、社長が帰ったから、そちらに社長が行くとのことで待ってたら社長が現れた。
そこで、全容は解ったが、当時の私共の会社から判断すると途方も無い多額の借金であって緊張感で体が硬直した。
しかしながら何とか解決しなければならない、と思い当時法律事務所に勤務していた弟と共に解決する方針を固めました。
そうした内に、また社長が居無くなったが、もう社長本人は居ても居なくても同じと思い弟と精算計画をたて粛々と実行して行きました。
その概要は、直ぐに破産と直ぐに破産せず担保物件を任意売却しながら銀行への返済金は代返してゆく方法の比較をシュミレーションした結果直ぐに破産方法を取った場合私共の会社も運営して行けない程大きな違いが予想出来ました。従って破産せず担保物件を任意売却し行く方法にしました。
精算出来たのは、実に1年以上、被った負債金額は数千万でしたが処分出来なかったあまり価値のない不動産物件と相殺して解決しました。
尚、某会社が破産に至った原因は本業が車屋でありながら、バブル的に値上がりが続く不動産取引に魅力を感じてか不動産売買を積極的に参入したが、ある時期を境にそのバブルが崩壊しし一気に財産価値が目減りしたことが主な原因だとわかりました。
この事で得た反面教師的な教訓は、借金をする場合本人の補償能力の範囲内にすべきで決して他人を巻き込んではならない。又保証人になる場合は万一の場合は自分が全て責任を取る事、と自分に言い聞かせながら進んで参りました。
今回はここまで・・・・次回をお楽しみに・・・目次へ戻る